753 雑想ランデブー

映画、音楽、考えごと。カルチャーと哲学の実践的記録。でありたい。

「トイ・ストーリー4」おもちゃの人生に寄り添い続けた作品だからこそ辿り着けた結末

ボーとの関係性はある程度1作目から一貫性はあるものの、突拍子がないといえばそれは否めない。とはいえあれだけの新キャラを登場させながら無駄なく各キャラクターの個性を作品に活かす点はさすが。内容的にも上手く全体のバランスが取れているじゃなかろうか。

 

1.2作目から一気に世界が広がった3作目を、さらに上回る範囲で広がる僕らの知らないおもちゃたちの世界。また、3作目までがあくまで持ち主との関係性についての話である点、受動的な態度であったものが、4作目にしておもちゃたちに自分たちの人生を選択する主体的な態度をもたらした。おもちゃは失くされることもあれば、自ら適切な場所へと去っていくこともできる。“子どもに遊んでもらいたい”という信念だけを共有して、おもちゃたちはそれぞれの未来を葛藤しながら選択していく。それはれっきとした人生の選択。これはまさにおもちゃを介した人生哲学の物語。

 

あれだけ持ち主の元に帰ることに執着していたウッディ自身がその元を離れることを決めたことへの違和感は少し感じてしまうが、それは僕らがずっとウッディたちを見守ってきたからこそ。むしろ変化を恐れているのは他でもない僕ら。ウッディは当事者として、観ている僕らより先に固定観念や執着を打ち破り、おもちゃの本質と自分の役割を再定義したのであり、戸惑い僕らに新しい価値観を提案してくれている。(本当は僕らはおもちゃではないので価値観もクソもないのだが。)

 

また、グラフィック面の圧倒的な向上も見どころ。冒頭のシーンが大雨(に感じる。おもちゃサイズなので。)なのも、ほらこんなに向上しましたよと言わんばかり。例えばスカンクラジコンの毛並み。波のように流れる様はお見事。他作品でいえばモンスターズインクのサリーなんか観るとまだまだラフな感じがあってそれはそれで愛着は湧くんだけども。CGアニメーションはどこに行くんでしょうかね。リアルじゃないからこそ、も好きなんだけど。