散歩紀行 〜8日ぶりの外出〜
3メートル以上先でも焦点が合うなんて驚きだった。
僕は思わず世界はもしかしてとてつもなく広いのではないかと思ってしまったほどだ。
不安になって、僕は海を目指した。
道中、階段と呼ばれるものが道の両端にあって、それが道の上で連結しているところをとおった。おそらくこれが橋と呼ばれるものだろう。位置エネルギーとはまさに教科書通りのもので、摩擦力がなければ僕は中央のスロープの麓で延々立ち往生しているところだった。自分の身長幾つ分もの高さに軽々と上がってきた。中程で立ち止まり、下を見下ろす僕の後ろを、中肉中背の夫婦が通り過ぎていく。大地がかすかに揺れていた。これが地震というものか。
歩みを進める。
ふと視線を上げた空に見えた雲の峰々がはるか彼方まで続いていて、全てがどうでもよくなった。海はもうすぐそこだったが、もう帰ってしまってもいい気分になった。無理矢理思い直してあとちょっとを行く。
浜辺に辿り着いた。
海は恐ろしく引いていて、ところどころに潮溜まりや緑藻に纏われた岩々を露出させていた。それらを避けながら砂浜に出る。それが十分に一苦労だった。
水は屈めばキラキラと反射するが、立っていたのでは鈍色に細波を立てるだけだった。すでに陽は傾いていた。
とても静かだった。寝る前の暗い部屋で時間を知らせる規則的な機械音よりも、波打ち際で星屑みたいな砂が擦れる音の方がよほど大きいのだが、なぜかそうは感じなかった。音は障壁のない中空でほとんど分解されていた。
しばらく、ぼんやりとした。自分では5分くらいのつもりだったが、気付くと20分が経過していた。海風が冷たさを帯び始めなければいつまでもここにいてしまっただろう。
歩き始めた頃の疑念を思い出して海の向こうに目をやった。
この世界の広さは、
よく、分からなかった。
ところどころに船が見えたが、そのそれぞれの大きさをここから判然させるには何も術がなかった。
しばらく波の際を辿りながら何度も向こう側の様子を観察してみたが、特にめぼしい収穫はなかった。
どのくらい広いのだろう。
この海の向こう側がどうなっているのか。
確かめなければ。
行かなければ分からないことがきっとある。
そう、
紀行とは原初、かくあった。
紀行への想いを改めて。
いつか再びその想いが結実する日のために。
今夜からまた大籠城。